日本縦断ヒッチハイク旅~人間万事塞翁が馬~


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こんにちは!

勝手にお伝えしている

ヒッチハイク旅の記録集!あとは「生き方・人生」と「その他」編で一旦終了します!

 

ではでは、「生き方・人生」編

 

ヒッチハイクをしていって出会った人の「生き方」「人生」で興味深いなと思ったこと、そもそもこうしたヒッチハイク自体を通して生き方・人生に示唆を与えるような気付きをまとめていきたいと思っています。

 

以前フェイスブックの記事でも書きましたが、

帰ってから本を読んでて正直びっくりしたことに気づきました。

なぜヒッチハイクをしようと思ったきっかけに通じるのですが、

ライフネット生命出口治明さんが人の成長には、3つの方法がある指摘しています。

 

・「人」から学ぶ→人との出会いによって得る学び

・「本」から学ぶ→読書を通して得る学び

・「旅」から学ぶ→実際に見聞することによって得られる学び

 

人が成長するには、上記の3つから学ぶことが大事であると出口さんがおっしゃってたので・・・

「そうか!成長するには、旅が必要なのかならヒッチハイクなら「人」からも学べるし最良の旅ではないか!」といった安直な発想もきっかけの一つでした。

 

しかしこの3つにはもともと原典があるそう!

それは「三智」と呼ばれる標語で明治から昭和にかけて活躍した詩人・小説家の島崎藤村島崎藤村 - Wikipedia

が著したと帰ってきてから読んだ出口さんの本に書いてありました。

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「三智」とは・・・

「人の世に三智がある。学んで得る智、人と交わって得る智、みづからの体験によって得る智がそれである」

 

長野県・小諸市藤村記念館これらを著した「三智」の色紙が展示してあるそうなんです。

ちょこちょこ書いてましたが、実はこの記念館周辺に泊まっていたんです。

 

しかも、泊まったのはお寺でした。それはこの「三智」の考えを著した島崎藤村菩提寺のお寺。いやーこれは引き寄せなのでしょうか(笑)

 

教養が無くて恥ずかしいですが、島崎藤村という名前は知っていてもどんな本を書いてどんな人だったのか全く皆無に近い知識でした。(笑)

 

たまたま乗せて頂いた人のご縁によって当初の動機である

「三智」の源流へたどり着いていたのでした。不思議なものですね。

 

ヒッチハイク自体の中でとても大きい気づきが2点ありました。

 

「普段、自分が住んでいる福岡で困っている人に声をかけて、助けてあげたりしたことがあるか?」

 

ということでした。

 

スケッチブックに行先を書いてただ立っているだけの僕に本当に多くの人から善意を貰いました。

 

車内から笑顔で返してくれたり、手を振ってくれたり、

「頑張って下さいね」って応援されたりと・・・

 

最初に抱いた感想は日本ってすごいなーとこんなにもヒッチハイカーに好意的にして頂けるんだなー思っていましたが、途中から好意や善意がどんどん度が超えて来ました。

 

サービスエリア・パーキングエリアで立っているだけでも

 

「にぃちゃんごめんなー行先が違うんよ。代わりにこれでも飲んでな」とペットボトルをもらったりといった経験が何度もありました。

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そうなんですよ。1回じゃなくて何度もなんです。

これは、びっくりしました。

 

さらに乗せて頂く方も好意・善意の次元が超えていました。

 

 

飲み物を買ってくれたり、

行く先の食事をおごってくれたり、

帰り際に1000円握らせて、これで美味しいものを食べなと言われたり、

行先の泊まる場所を手配してくれたり、無償で食事や寝床を用意してくれたり、

本当は15分くらいの距離を5時間かけて送ってくれたり・・・・

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ただ乗せてもらっている身にも関わらず、

こんな好意・善意に触れ過ぎて僕は考え込むようになりました。

 

「普段、自分が住んでいる福岡で困っている人に声をかけて、助けてあげたりしたことがあるか?」

 

といったことをすごい意識しました。

 

ある意味でヒッチハイカーって困っている人なんです。

 

炎天下の中、雨の中、見知らぬ土地、スケッチブックの書いた地名と立っている場所は合っているのか・・・

そもそも今日は乗せて頂けるのか、ここで野宿なのかとか・・・

 

いろいろな要因によって困っています。

ですが、これはヒッチハイクをしたい思って立っている僕のエゴなんですよ。

自分で蒔いた種なので、上記のお困り事は当然です。

 

しかし、目的地まで乗せて頂きたいといったこのエゴにも関わらず、

乗せて頂く方は目的地まで乗せてもらう以上のことをして頂いたりするんですよね。

 

「どうして見知らぬ僕をこんなによくして頂けるのだろうか・・・」

 

うーん伝わってるかな・・・(笑)

 

そんな経験は僕にとって未知過ぎて、

「どうして見知らぬ僕をこんなによくして頂けるのだろうか・・・」

と深く考え込みました。

 

 

よく福岡の天神で托鉢(お茶碗を持って寄付を待つ)お坊さんなんかがいますが、

ある意味では、それに似ているなーと思いました。

 

あれって「いかに人間って善意・好意に依存して生きているのか」を再認識する修行なんじゃないかなーって勝手に思います。

 

日ごろ受けている好意・善意をより感謝して生きていかないといけないとあの修行をしたら思うのではないでしょうか。勝手な思い込み?(笑)

 

また、乗せて頂く方にはこんな方もいました。

 

「以前に自分も同様の旅をしたことがあるんだよね。その旅先で本当にいろんな人に良くしてもらった。だから今度は自分が返す番だと思ったんだよね」

 

そうかー僕だけじゃなくてこの善意・好意が社会を循環しているのか、素晴らしいことだなぁと深く感心しました。

 

関連しているかわかりませんが、

東北の方にいって気づいたのが、コンビニエンスストアの九州北部豪雨の募金箱がえらくたまっているなーと思いました。

もらったご恩を返しているのだろうなーとすごく実感しました。

 

だからこそ、ヒッチハイクした後は、

ボランティアして社会に乗せて頂いた善意・好意を返そうと思いました。

あんなに困っている僕を助けてくれたご恩や乗せて頂いた方の中にも近くだったらボランティアとか応援したいんだけどねーって思いを持った方の代理としてしないといけないなーと強く思いました

 

だから青森から2日っている弾丸で帰ってこれたのかもしれませんねー(笑)

 

 

そして最後の気づき、それは様々な選択を肯定的に捉えることができるようになれたといったことではないでしょうか。

 

簡単に言うとすごくプラス思考になったように思います。ざっくりだなー(笑)

 

結構、TED(わかりますかね・・NHKのスーパープレゼンテーションとかみたいやつ)

とかを見るのが好きなのですが、面白い内容(

TEDで知った選択のパラドックスと幸福な人生の関係

があってですね。

 

人は自由になれば、なるほど不幸になってしまうということらしいのです。

 

どうゆうことだ?

と思われた方も多いと思います。簡単に言うと(簡単に言えるの?(笑))

 

自由って言い換えれば選択肢が多い状態といえますよね。

 

職業でいうと

江戸時代なら、農家の子どもは農家、武士の子どもは武士、商家の子どもは商家といったように職業の選択の自由がないですよね。

 

でも現代って憲法によって職業選択の自由が保障されています。

だから、どんな仕事にも就くことができます。

これは、とっても素晴らしくて、大事なことなのですが言い換えると選択肢が多すぎるともいえます。

 

介護をしていたおじいちゃんの話なのですが、

公務員で定年までしっかりと働き、子ども成人するまでしっかりと育て上げたという一見日本人とっては幸せなルートを通ったように思えるおじいちゃん。

しかし、心残りや後悔していることとかあるか伺うと・・・

 

「挑戦をしなかったことが後悔だね。公務員じゃない人生もあったはずだったのに、自分はその選択肢がとる事が出来なかった」

 

人間っておじいちゃんみたいに取らなかった選択肢に対してすごく不幸感を覚えるらしいです。

 

幸せなのか、不幸なのか・・・

江戸時代では公務員ってないから、幕府から給料をもらってる武士が公務員に当てはまりますね。

仮におじいちゃん江戸時代の武士(公務員)の家に生まれていたら、その仕事の選択肢しかないからその仕事を全力で生きると思いますよね。

死に際に「あぁー起業してソフトバンクみたいな大企業を作りたかったよう」なんて思わないと思うんです。

 

選択肢がないことって不幸でもあるんですけど、もうそれしかないなら仕方ない全力でもなるし、逆にありすぎると精神的に不幸にもある。

現代人ってジレンマの中に生きているなと思います。

 

この話と肯定的になったとか、プラス思考になったとかどうつながるんだって読んでる方は思われてると思います。(笑)

 

たぶん今回の旅ってめちゃめちゃ選択肢があったと思うんです。

地理の知識が明るかったら、効率的に目的地に行けたと思います。あぁ地理の勉強をきちんとやっとけばよかったなーと思うことでしょう。

ネットできちんと美味しいお店や土地のことを調べておいたら100倍楽しめたかもしれません。

めちゃめちゃお金を貯めてヒッチハイクしてたら、野宿や安宿を探さなくて充実した設備の宿に泊まれてよかったなーと思うでしょう。

 

あぁしとけば、こうしとけば、効率的に、100倍とか、充実したとかいろいろ思うと思うんです。

無数の選択肢に思いを馳せて、落ち込んでしまうんと思うんです。

 

てか、そもそもですよ・・・

ヒッチハイクって無駄が多くて・非効率的な旅だと思うんです。

批判的な人から言わせれば(笑)

 

でもヒッチハイクの旅を終わった時に思ったのが、

この旅すべてがぜーんぶよかったでした。

 

たぶんいろんな間違った選択だったり、無駄なことだったり、非効率なことだったり・・

この旅の間でしてたと思うんです。

 

でもそんなことをしたおかげで

途中にも書いたような素晴らしい人に出会えたんだなーと思うんですよね。

 

 

 

なんか結果オーライというか、人間万事塞翁が馬というかですね!

なんと言えばいいんでしょうかね(笑)

 

たぶん人生もそういったものではないかと思うんです。

今の自分(知識・経験)以上の何かは、起きないし起こせないし・・・

また不幸な出来事もゆくゆく何か素晴らしい何かにつながるための布石といか、必要な過程なのかもしれないとー思えるようになりました。

 

ヒッチハイクの旅で得たこの2つの気づきは大きいものなんじゃないかなーって思います。

たぶん今後の人生に大きな影響を与えてくれるんじゃないかなーと思います。

 

まさに三智の教えの通りで・・・

みづからの体験(旅)によって得た気づきでした!

たぶん一般の人から見たら当たり前のことなのかもしれませんが、旅をすることでやっと気づくことが出来ました。出来が悪いもので(笑)

 

次が最後の「その他」です。その他ってなにって思われる方も多いでしょう・・・

カテゴライズしにくかったものをまとめてます(笑)

 

ではでは・・・